ふくろうのゲームレビュー

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パラッパラッパーにおける能動的要素の問題点

1 はじめに

ゲームにおける能動性は肯定的な文脈で論じられることが多い。論じ方は論者によって様々であるが、その根底には、受動的なゲーム要素からの脱却という視点があるのだろう*1。一方で、そのような能動的であることを評価する見解に対して批判が向けられることもしばしばあるが、大抵は、受動的要素を評価する立場から能動的要素の問題点を指摘するような的確な批判ではなく、論そのものに対する攻撃にとどまることも少なくない。

では、要素が能動的であるが故に生じる問題はないのだろうか。紙幅の関係、もとい筆者の気力との関係で、本稿では、「パラッパラッパー(PS1)」における能動的要素に対象を絞って、その問題点について検討する*2

はじめに断っておくが、本稿は、ゲーム要素の能動性と受動性のいずれか一方に批判を加えるものではない。ましてや、いずれか一方を重視すべきと主張するものでもない。

2 パラッパラッパーにおける能動的要素の特徴

元祖音ゲーとして有名な本作には、他の音ゲーとは大きく異なる特徴がある。多くの音ゲーでは、高いスコアを獲るためにはノーツに合わせてとにかく正確にボタンを押さなければならない。これに対して、本作では、表示される譜面をベースにアレンジを加えてボタンを押すと、上手くアレンジできていると評価されれば高いスコアを獲得できるというシステムとなっている(アドリブシステム)*3

ここで、前者の性質が、専らゲームから提供される課題(ノーツ)への対処であり、対処できなければ環境(スコア)が悪化するという点で受動的であるとすると、後者の性質は、課題が抽象的かそもそも存在せず、アレンジするか否かはプレイヤーの選択に委ねられており、アレンジしなかったからといって環境が悪化するわけではないという点で能動的であるといえる*4

本作の興味深い点は、このアレンジに対する評価基準がきちんと存在していながらも、その基準が伏せられている上に、何度遊んでも基準が良く分からないというところにある(もっとも、後述するように最高評価の出し方は確立されているのだが)。アレンジに対する評価基準が明らかになってしまうと、ハイスコアを狙うプレイヤーは、その評価基準通りのボタンの押し方ができるかという遊び方しかしないようになってしまい、結局、画面上にノーツが表示される状態と変わらなくなってしまう。評価基準が良く分からないからこそ、アレンジをするか否か、アレンジをするとしてどのようなアレンジをするのかといったことをプレイヤーが考える余地が生まれるのであり、プレイヤーの能動的行動を誘発する。

3 評価点の検討

ここからは本作におけるアドリブシステムの具体的な検討に入るが、能動的であるが故の問題について検討するに先立って、能動的であるが故の良さについても簡単に触れておこう。本作のレビューとして、あっさりと「アドリブが楽しかった」と評価されることがあるが、この要素のどのような点に魅力があるのかをもう少し詳細に言語化したい。

⑴ 表現欲求

表現欲求と呼ぶか自己実現欲求と呼ぶか名称はともかく、人間は自己の思考や感覚、自分らしさを外部に発露させたいという欲求を持つ。本作ではアドリブによって自分なりのリズム感をラップに乗せて表現することができるため、プレイヤーの表現欲求を満たす。

⑵ 一回性

ノーツに合わせてタイミング良くボタンを押す形式の音ゲーでは、基本的に表示される譜面やノーツの順序は毎回同じである。そのため、プレイヤーはプレイする度に、何度も繰り返し同じ体験をすることになる。

他方で、本作のように譜面をアレンジしてボタンを押す形式では、アレンジの方法にほとんどルールはないため、毎回全く同じアレンジを再現しようとしない限り、プレイごとに自然とアレンジの方法に差が生じる。或いは、前回のプレイでアレンジが上手いと評価されなかったために、前回とは異なるアレンジを試してみるといった具合に、プレイヤーの意思でアレンジの方法を変えることもある。つまり、アドリブシステムという要素によって、プレイヤーはプレイごとに少しずつ違った体験をすることができるようになっている。

⑶ 駆け引き

本作のスコアに関するシステムについて、アレンジが上手いと評価されるとスコアが高くなるが、反対に、下手だと評価されるとスコアが下がるという仕様となっているところ、上述のとおり評価基準は不明であるため、アドリブにはスコアが上がるのか下がるのか分からないという不確定性がある。

その一方で、表示される譜面に従ってプレイすれば一定のスコアが保証されており、プレイヤーは安全策として、元の譜面通りにボタンを押すという選択をすることができる。

つまり、表示される譜面から外れてアレンジをするという行動にはリスクとリターンの構図が存在し、ここに一種の駆け引きが生まれている。

⑷ 快適性

人が持つ感性はそれぞれ異なる以上、どれだけ綺麗な譜面が組まれたとしても、プレイヤーが持つリズム感が譜面のリズムに合わないということも往々にしてあり得る。ノーツに従ってプレイする音ゲーでは、基本的にそこで生じる違和感を解消することができないが、アドリブシステムによると専ら自分の感性に従ってリズムを刻むことができるため、違和感なく音楽とゲームを楽しむことができる。

⑸ 小括

本作のアドリブシステムは、音楽に合わせてリズムに乗るという人間が本能的に行う行動を、ダイレクトにゲームに落とし込んだものであり、ゲームが譜面を与える形式よりも自然な形で、プレイヤーはリズムに乗る楽しみを感じることができる。

なお、以上で挙げた点はあくまで能動性に起因するものに限定しており、本作全体として評価すべき点はこれだけにとどまらないが、本稿では割愛する。

4 問題点の検討

それでは、アドリブシステムの問題点はどこにあるのか。能動的要素、すなわちゲームの主導権(の一部)をプレイヤーに認める要素が、プレイヤー又はゲームそのものに及ぼす弊害について検討する。

⑴ 遊びやすさ

ボタンを押すタイミングがゲームから与えられたノーツに依存する場合、プレイヤーが合目的的に取り得る行動はタイミング良くボタンを押すことのみであり、ルールとして極めてシンプルで分かりやすい。プレイヤーはどのような行動をとれば成功又は失敗となるのかを直感的に把握することができ、プレイヤーがとるべき行動が明確であるため、ゲームは万人にとって遊びやすく熱中しやすいものとなる。

これに対して、アドリブシステムの下では、プレイヤーがどのような行動をとるかはプレイヤー自身が考えて決定しなければならないのであり、プレイヤーがとるべき行動というものが明確に存在するわけではない。そのため、プレイヤーによってはそもそも何をすればいいのかが分からず、或いはどのようにアレンジするかを考えることを放棄してしまい、適当にボタンを押すようになる等アドリブを断念してしまう。

プレイヤーがゲームに対して主導権を持つということは、裏を返せば、プレイヤーが主導しない限りゲーム(要素)の魅力を引き出すことができないということであり、その前提としてプレイの内容を能動的に考えることが要求される。特に本作の場合は、アドリブでメロディーを創るというゲーム要素であるため、よりクリエイティブな思考がプレイヤーに求められる。

しかし、与えられた課題に対してどのように対処するかを考える受動的な思考であればともかく、創造力や発想力が直に必要となる能動的な思考を全てのプレイヤーが容易にできるわけではない。また、せっかくの娯楽であるため難しいことを考えずにゲームをプレイしたいと考え、能動的な思考をすることを忌避するプレイヤーもいるだろう。つまり、能動的に思考するというプロセスは、それ自体がプレイヤーにとって1つのハードルとなり得る。そして、このハードルがプレイヤーに遊びにくさを感じさせる原因となる。

ただし、この思考のハードルは、能動的要素に制約を課す又はベースラインを設定することにより縮小することが可能である。本作でも、基本的にアドリブで最初に押すボタンはお手本と同じでなければならないという縛りがある上に、画面上に表示される譜面をベースにすることができるため、プレイヤーに要求される思考の強度が大きく緩和されており、基準となるものが何もない状態で完全な自由演技をするよりも遊びやすくなっている。

要素の能動性をどこまで強くするかによってゲームの遊びやすさが変化し、プレイヤーのプレイに対するモチベーションや作品の印象にも少なからぬ影響を及ぼす。万人受けする作品を作ることが必ずしも正解であるとは思えないが、仮に能動的要素を取り入れつつ広く一般に遊ばれる作品を作ることを目指すのであれば、この思考のハードルについてきめ細やかな調整が必要となるだろう。

⑵ 周回性

遊びやすさについての議論が1回のプレイ内で生じる問題であるとすると、繰り返しプレイする上で生じる問題として、プレイヤーがどれだけ長くゲームを遊ぶことができるかが議論の対象となる。

プレイヤーにゲームを長く遊ばせるための1つの方策として、ゲームを高難易度にしてクリアできるまで何度も挑戦させるということが考えられる。多くの音ゲーでは難易度の調整が可能であり、ノーツの密度を高めることや運指が難しくなるようにノーツを配置することで高難易度の譜面を生み出すことができる。高難易度譜面はプレイヤーの達成欲求を刺激し、プレイヤーはクリアするまで何時間でも同じ譜面で遊ぶことができる。

他方でアドリブシステムの下では、具体的な譜面の設定はプレイヤーの役割であるところ、基本的にはプレイヤーがプレイ中に譜面を即興で考えて、そのとおりにボタンを押すだけであるから、通常のプレイ方法では達成欲求が生じにくい。

また、表現欲求又はアドリブの評価との関係で、プレイヤーによっては、気に入った/評価が高いアレンジができるようになるまで何度もプレイして試行錯誤をすることが期待できるようにも思えるが、あくまでアレンジでありバリエーションにも限りがある以上、期待されるプレイ回数も限定的であるし、そもそもそのようなプレイヤーがどれほど存在するのか疑問である。

アドリブシステム単体が持つ周回性は、受動的要素のそれと比較すると相対的に低いと考えられる。

⑶ システム調整の難しさ

本作は、巷では「連打ゲー」と呼ばれることがある。これは、プレイ中に一定のスコア(評価「COOL」)を達成すると、お手本や譜面の表示が消えた状態でプレイヤーが完全な自由演技をするモードに突入するのだが、ここで高いスコアを出すためには単純にボタンを連打するという攻略法が有効であることに由来する*5。本来このモードでは、プレイヤーが制限なく自由にアドリブを楽しみながら上手なアドリブを目指すことが期待されているようだが、実際には、連打という抜け道的な方法が攻略法として確立してしまっている*6

これにはいくつかの原因が考えられるが、1つには、上述した思考のハードルと遊びやすさの問題がある。数十秒から長ければ数分間にわたって基準にするものが何もない状態でアドリブをする、すなわちオリジナルの譜面を考えて生み出し続けることは、プレイヤーに強度の思考を強いるものである。そこで、このハードルを回避する手段として、思考のプロセスを経ず、誰でも簡単かつ楽に実践できる攻略法が確立してしまった。

しかし、このようなゲームが本来想定していたものと異なる攻略法が確立した原因は、プレイヤー側のみにあるわけではない。ゲーム側の問題として、アドリブ評価基準の調整が不十分であることも原因の1つである。すなわち、そもそもアドリブとはおよそ認められないプレイに対しては高い評価をつけないようゲーム側でシステムを調整していれば、連打という抜け道が確立することはなかったといえる。

もっとも、これはあくまで理想論であり、現実的にはそのような調整をすることは容易ではないと考えられる。受動的要素の場合、プレイヤーはゲームに与えられた課題に対処するのみであるから、基本的にプレイヤーはゲームが想定するとおりに行動するが、プレイヤーに能動的な行動を認める場合には、その程度にもよるが、ゲームがプレイヤーの取り得る全ての行動を想定できるわけではなく、プレイヤーを完全にシステムのコントロール下に置くことは困難である。そのため、プレイヤーの能動的な行動に対する反応の調整も難しく、本作のように単なる連打に対して高評価という反応を返してしまうといったことが生じる。つまり、能動的要素には、システム調整を不完全なものとしてしまう危険が内在しているといえる*7

5 おわりに

以上、本作における能動的要素が能動的であるが故に生じる問題点について検討した。プレイヤーにゲームへの能動的な参加を求める要素を搭載したとして、プレイヤーがその要素を楽しむことができるかという問題と、その要素を通じてゲームに参加できるか、いつまで参加し続けられるかという問題は異なる問題である。

特に、最近では娯楽が増えすぎた結果、作品の面白さを十分に発見する前にグラフィック等の表面的な要素だけに着目してプレイを放棄してしまうプレイヤーも散見されるところであり、より遊びやすく作品の面白さを早く伝えやすいデザインの重要性が増していると考えられる。

能動的要素が受動的要素とは異なる魅力を持つことは間違いないが、能動性を強めることによる弊害も作品ごとに適切に評価されるべきであろう。

 

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©Sony Interactive Entertainment Inc. ©Rodney A.Greenblat/Interlink

*1:私見では、能動的な部分と受動的な部分は1つのゲームの中で混在し得るため、「受動的なゲーム」という表現は正確ではなく、あくまで要素レベルで能動的か受動的かを判断するという趣旨で「受動的なゲーム要素」という表現をしている。

*2:本稿で問題にしている能動性は、ゲームと映画を区別する、自分で操作するか否かという意味での能動性とは次元が異なる。

*3:厳密には、本作では「スコア」と「評価(GOODやCOOL等)」が分かれており、ステージのクリアに関係するのは「評価」であるが、本稿では便宜上スコアと混同して扱う。

*4:ゲーム要素の能動的/受動的の区別については、次の論稿(http://hp.vector.co.jp/authors/VA008837/docs/cgt/note6.htm:執筆者不明)で提示された基準が明解であったため参考にした。

*5:詳しく知りたい方はYouTube等のプレイ動画を参照されたい。壊れたパラッパを見ることができる。

*6:『パラッパラッパー』誕生秘話満載! 松浦雅也&吉田修平スペシャル対談・完全版を独占公開! – PlayStation.Blog 日本語

*7:もっとも、バグ技やゲームバランスを崩壊させる要素のようなシステム調整が十分でないからこそ生まれる要素も、それはそれとして面白みを感じ得るため、システム調整が不完全であることが必ずしも失敗であるとはいえないだろう。