ふくろうのゲームレビュー

主にレトロゲーのレビューをします

ゲームにおける遡及的選択肢の類型と役割

 

1. はじめに

本稿は、いつものゲームレビュー記事ではなく、ゲームにおける遡及的選択肢とは何かを問う考察記事である。具体的には、ゲームにおける遡及的選択肢の類型化とその役割を明らかにすることを試みる。前回の記事、「弟切草(SFC)」のレビューにおいて遡及的選択肢を用いたシステムの面白さを簡単に評したが、本稿ではこれをより詳細に検討することで、この興味深い技術についての議論を促進することを目的とする。

なお、本稿はxcloche様の下記記事に触発されて執筆したものであり、先行研究として下記記事を参照されたい*1

ゲームにおける「選択肢」と時間 - セミになっちゃた (hateblo.jp)

分岐する物語:「アンチ・選択肢」の試み - セミになっちゃた (hateblo.jp)

 

2. 遡及的選択肢とは

遡及的選択肢を論じるに当たって、次のようなシミュレーションゲームの場面を設定する。

〈事例〉
あなたは主人公のXです。
Y「昨日は何してたの?」
A:動物園に行った
B:家で宿題をしていた

Aの選択肢を選ぶと、「昨日Xは動物園に行った」ことになる。すなわち「動物園に行った」という過去の事実が、現在の選択によって決定される。ゲーム内のキャラであるYの視点に立つと、Xのペンディングされていた過去の事実が現在の時点で明らかになっただけである。しかし、プレイヤー視点では、確定していたはずの過去の事実が選択肢が提示された現在になって初めて、過去に遡って確定しているように見える。これが遡及的選択肢である。

現実的には、現在何かを選択したからといって未来に作用することはあっても過去が変わることはない。そのため、遡及的選択肢の存在は奇妙であるという上記記事におけるxcloche様の指摘はもっともなものである。

 

3. 類型化

3.1. 依存型/独立型

一口に遡及的選択肢といっても、その形式は複数あり、ゲーム展開における役割もそれぞれ異なるのではないか。以下では遡及的選択肢を、その選択肢と確定される過去の事実との関係性を基準に分類したい。

まず、事例1における選択肢Aは「昨日Xは動物園に行った」という過去の事実を確定する。ここでは、選択肢の内容自体が遡及的に過去の事実に影響を及ぼしている。換言すれば、過去の事実は現在の選択の内容に依存する。これを(内容)依存型とする。

これに対して、「弟切草(SFC)」では選んだ選択肢の内容自体は過去の事実に影響を及ぼさない。「弟切草」ではシナリオ序盤で主人公たちの前にミイラが登場するが、登場時には正体がペンディングされており、その後の選択によってその正体や背景事情が変わる。しかし、ミイラの正体を決定する選択肢の内容はいずれもミイラとは全く関係のないものである。例えば、「右へ進んだ」「ここから逃げたいと思った」といった選択肢を選ぶことで「実はミイラの正体は○○だった」という事実が決定する。つまり、過去の事実は現在の選択の内容とは独立して確定する*2。これを独立型とする。

 

3.2. 直接型/間接型

また、依存型はプレイヤーの選択が過去の事実に対してどのように影響を及ぼすかによって、さらに2種類に分類できる。上記事例における選択肢Aは内容が「動物園に行った」という事実であるからこそ、選択することで過去の事実が「動物園に行った」という事実として確定するのであり、プレイヤーがその選択肢を選択することにより直接的に過去の事実が決定する。これを直接型とする。

他方、ドラクエ1の有名な選択肢、「世界の半分をお前にやろう」で「はい」を選択すると宿屋で目覚めてそれまでの冒険が夢であったことが確定するという展開は*3、独立型と異なり「はい(=世界の半分をもらい勇者をやめる)」という選択肢を選択したからこそ夢オチになるように過去の事実が決定され、選択の内容が過去の事実に影響を及ぼしている。

しかしここでは、選択をしたからといって直ちに過去の事実が決定されるわけではなく、選択肢の選択と過去の事実の決定の間に一つのシナリオが介在している。より具体的には、プレイヤーの「はい」という選択の後に、制作者の「夢オチにしよう」という恣意が介入して、その恣意通りの「今までの冒険は夢であった」という過去の事実が確定する。その意味で、この選択肢は過去の事実の確定との関係では間接的なものであり、上記の直接型とは性質を異にする。これを間接型とする。

この2つは、過去の事実の決定が、あくまで択一的ではあるが完全にプレイヤーの手に委ねられているか否かという観点からも区別できるだろう。

 

4. 類型別の役割

4.1. 直接型

以下では上記分類を基に、それぞれの選択肢がゲームにおいて果たす役割、機能を検討する。

直接型は、選択肢の内容が直接過去の事実の確定に影響する。そのため、プレイヤーは通常、選択肢の内容からその選択肢が過去の事実の確定ひいてはシナリオ分岐にどのような影響を与えるのかを認識することできる。そこで、直接型は選択肢にゲーム或いはルート攻略の手がかりとしての機能を持たせることが可能となる。上記事例においてYが「動物が好き」という設定であることがプレイヤーに開示されていれば、選択肢A及びBを提示されたプレイヤーは、Aを選択すればYの好感度が上がると推測し、Aを選択するだろう。プレイヤーがその選択肢を選択した後の展開を容易に予想できてしまう反面、プレイヤーに「攻略している感」を味合わせることができる

 

4.2. 間接型

ドラクエ1の上記選択肢のように、間接型は提示された選択肢の内容からはそれが過去の事実の確定にどのように影響するかプレイヤーが把握することができず、そもそもその選択肢が遡及的選択肢であることすら認識できないことも多い。他方、「世界の半分をお前にやろう」という提案に対して「はい」と答えると何らかの展開があると予測すること自体は容易である。そこで、間接型はプレイヤーにイベントや展開の発生をある程度予想させたうえで、その予想を裏切るという展開を演出することができる。

また、上記事例において選択肢Aと選択肢Bの事実は両立し得る(昼に動物園に行って夜に勉強をしたということも十分に考えられる)。それにもかかわらず、選択肢Aを選択したことで「昨日Xは家で勉強をしなかった」という事実が確定するとすれば、そこには制作者の恣意、具体的には選択されなかった事実を存在しなかったものと擬制する設定、が介入しており*4、その意味で選択肢Aは間接型の遡及的選択肢としての性質をも持つ。このとき間接型は、あえて「勉強はした?」といった追加の質問をすることなくシナリオの都合に合わせて一回的に過去の事実を整理する役割を果たす。

 

4.3. 独立型

独立型では、選択肢の内容が過去の事実の確定に影響しない。選択肢の内容はそれ自体として意味を持たず、裏を返せば内容がどのようなものであっても遡及的選択肢として成立する。したがって、上記事例において選択肢Aを選ぶとXは人間であるという設定でシナリオが進むが、選択肢Bを選ぶとXは人間ではなかったという設定となる展開もあり得る。独立型は、提示した選択肢の内容に縛られず自由に分岐ルートの設定やシナリオを構成することが可能となり、間接型以上にプレイヤーの意表を突くシナリオを展開することができる。反面、過去の事実がどのように確定するか(さらにはどのルートに分岐するか)はプレイヤーにとってランダムとなるため、ゲーム性(攻略している感)が損なわれてしまうという欠点がある。

この点、「弟切草」では分岐点を大量に用意し、例えば分岐点全てで選択肢Aを選択すると○○ルートといった具合に、プレイヤーが選択肢の内容ではなく選択する記号(AないしC)の順序を工夫することで異なるルートに入ることができるシステムになっており、「選択肢の内容から先の展開を予想し攻略する」というゲーム性の代わりに「選択する選択肢それ自体を考え攻略する」というゲーム性を備えている*5。選択肢の内容が過去の事実との関係で何らかの意味を持つ依存型の選択肢ではこのようなゲーム性を実現することはできないため、これは独立型特有のシステム、ゲーム性であるといえるかもしれない。

 

5. おわりに

以上、ゲームにおける遡及的選択肢を類型化し、それぞれの役割を検討した。本稿が舌足らずな文章であり、しかも大いに検討不十分な箇所があることを自覚しつつも、遡及的選択肢という技術の面白さ、奥深さを多少なりとも示せたのではないだろうか。本稿を契機に遡及的選択肢に興味を持ち、或いは本稿を批評し遡及的選択肢の意義や役割をより的確に検討して下さる方が1人でも現れれば、本稿を執筆した甲斐があったというものである。

また、幸いにも本稿は学術論文ではなくブログ記事であるため(ブログらしくない文章になってしまったが)、補足や更新を容易に行うことができる。今後新たなゲームを体験する中で追記すべき事項を発見した際には都度追記していきたい。

 

いつもとは様子が違う文章で読みづらさを感じた方も多いと思いますが、最後まで本記事を読んでいただきありがとうございます!
また次回のレビューでお会いしましょう!(たぶん次はいつものゲームのレビューです)

*1:この他にも遡及的選択肢について論じたブログ記事等があるかもしれないが、広大なネットの海からそのような先行研究をすべて探し出すことは非常に困難であるためご容赦頂きたい。

*2:この点、xcloche様の上記記事における「弟切草」「かまいたちの夜」に対する分析とはやや視点が異なる。

*3:正確にはセリフが若干異なり、しかも念押しの質問がされる。また、FC版では展開が異なる。

*4:「制作者の恣意」という表現をしたが、場合によってはこれが一般的なプレイヤーの認識と合致していることもあるだろう。

*5:もっとも、このようなゲーム性であるが故に、多くのノベルゲームが備えているクイックセーブ機能がなく、エンディング回収の効率性という観点ではプレイヤーに不親切な仕様となってしまっている。この「弟切草」式のノベルゲームが流行らなかった理由はまさにこの点にあると考えられる。本稿の主題から外れるためこれ以上は割愛するが、この点についてはいずれ別途記事を執筆したい。